剰余群【群論入門シリーズ7】

群論入門シリーズ

 

剰余類集合上での演算を定義する

群 \(G\) の部分群 \(H\) が正規部分群のとき,剰余類集合 \(G/H\) が自然に群となることを確認します.

まず \(G/H\) に対して演算を次のように定義します.

$$(xH)(yH)=(xy)H$$

つまり, \(2\) つの剰余類の積をそれぞれの代表元の積を代表元とする剰余類と定義します.

 

well-defined について

このように定義した演算によって \(G/H\) が群となることを確かめる前にこの定義が「well-defined」かを確かめる必要があります.

well-definedであるとは,定義が意味を持ち,一意的に対象を定めることをいいます.

少し難しい概念ですので,well-defineでない定義の例を載せておきます.

well-definedでない例
(1) \(\sin \theta =2\) となる実数 \(\theta\) を超角というと定義する.
\(\theta\) が実数の範囲なら \(-1\leq \sin \theta \leq 1\) なのでこのような \(\theta\) は存在しない.したがって,この定義は意味を持たずwell-definedでない.

(2) \(\mathbb{Q}\) の上での加法を新しく, $$\frac{a}{b}+\frac{c}{d}=\frac{a+c}{b+d}$$ と定義する.このとき, \(\frac{a}{b}=\frac{na}{nb}\ (n\in \mathbb{Z})\) なので, $$\frac{a+c}{b+d}=\frac{na+c}{nb+d}$$ となっていて欲しい.しかし,実際に \(\frac{1}{2}+\frac{1}{3}\) と \(\frac{2}{4}+\frac{1}{3}\) を考えると, $$\frac{1}{2}+\frac{1}{3}=\frac{1+1}{2+3}=\frac{2}{5}$$ $$\frac{2}{4}+\frac{1}{3}=\frac{2+1}{4+3}=\frac{3}{7}$$ $$\frac{2}{5} \neq \frac{3}{7}$$ より,この定義された演算は一意に結果を定めないためwell-definedでない.


 

剰余類集合上での演算のwell-defined性

今,定義した演算では \((xy)H\) は明らかに存在するので,演算の結果が一意に定まることを確認すれば定義がwell-definedであると言えます.

定義した演算は \(2\) つの剰余類の間の演算を代表元の演算で定義しています.そのため,異なる代表元をとっても,結果として得られる剰余類が等しいということを確かめれば良いです.

つまり, \(H\) が正規部分群のとき \(xH=x’H,\ yH=y’H\) ならば

$$(xy)H=(x’y’)H$$

が成り立つことを確認すればwell-definedであると言えます.

証明
\(H=x’H\ ,\ yH=y’H\) より,ある \(h,h’\in H\) が存在して, \(x=x’h\) , \(y=y’h’\) が成り立つ.したがって, \(xy=x’hy’h’\) .ここで, \(H\) が正規部分群より, \((y’)^{-1}hy’\in H\) なので, $$xy=x’hy’h’=x’y'((y’)^{-1}hy’)h’\in x’y’H$$ したがって, \(xyH=x’y’H\) が成り立つ.


これで,剰余類集合上の演算の定義がwell-definedであることが言えました.

 

剰余群

剰余類集合の上での演算の定義ができたので,剰余類集合が定義した演算で群となることを示します.

命題
\(H\) が \(G\) の正規部分群であるとき剰余類集合 \(G/H\) は群となる.

証明
結合法則が成り立つことは $$xH(yHzH)=xH(yz)H=(x(yz))H$$ $$=((xy)z)H=(xy)HzH=(xHyH)zH$$ よりわかる.単位元は \(H=eH\) , \(xH\) の逆元は \(x^{-1}H\) と取れて \(G/H\) は群となっていることがわかる.

 

剰余群の定義
群 \(G\) とその正規部分群 \(H\) による剰余類集合 \(G/H\) がなす群を \(G\) の \(H\) による剰余群という.


 

剰余群の例

剰余群の例
(1) 加法に関する群 \(\mathbb{Z}\) の正規部分群 \(\mathbb{Z}_n=\{nx\ |\ x\in \mathbb{Z}\}\ (n\in \mathbb{N})\) による剰余類集合 \(\mathbb{Z}/\mathbb{Z}_n\) は演算 \(+\) を $$(x+\mathbb{Z}_n)+(y+\mathbb{Z}_n)=(x+y)+\mathbb{Z}_n$$ と定義すると剰余群となる.この演算は \((mod\ n)\) での加法と同一のものとなっている.


(2) 群 \(G\) の正規部分群 \(\{e\}\) による剰余群 \(G/\{e\}\) の演算は \(G\) の演算と同一のもので,群 \(G\) の正規部分群 \(G\) による剰余群 \(G/G\) の演算は単位群 \(\{e\}\) と同一のものとなる.


(3) 一般線形群 \(GL_n(\mathbb{R})\) の正規部分群である特殊線形群 \(SL_n(\mathbb{R})\) による剰余類集合 \(GL_n(\mathbb{R})/SL_n(\mathbb{R})\) は演算を $$(X\ SL_n(\mathbb{R}))(Y\ SL_n(\mathbb{R}))=(XY)\ SL_n(\mathbb{R})$$ と定義すると,剰余群となる.この演算は \(\mathbb{R}^{\times}\) における行列式の値の乗法と同一のものとなっている.


 

自然な射影

自然な射影は「準同型定理【群論入門シリーズ8】」で準同型定理を証明するときに必要となる写像であるので,ここで定義しておきます.

自然な射影の定義
群 \(G\) から剰余類集合 \(G/H\) への写像 $$p:G\longrightarrow G/H\quad (x\longmapsto xH)$$ を自然な射影とよぶ.


\(G/H\) の各元は \(G\) の元により定まっているので,当然,自然な射影 \(p\) は全射となります.

命題
\(G/H\) が剰余群であるとき自然な射影は全射準同型である.

証明
次の変形より明らか. $$p(xy)=(xy)H=(xH)(yH)=p(x)p(y).$$


ここで,前回(「正規部分群【群論入門シリーズ6】」)で保留した, \(H\) が \(G\) の正規部分群ならば,ある群 \(G’\) とその間の準同型の核となることを確認します.

このことは, \(H\) が \(G\) から \(G/H\) への自然な射影の核となっていることを確かめることでわかります.

証明
任意の \(x\in G\) に対して, $$x\in H \iff x\in eH \iff xH=eH$$ $$\iff p(x)=eH \iff x \in {\rm Ker}\ p\ .$$ したがって, \(H={\rm Ker}\ p\) となる.


 

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